2010/04/07 (Wed) 「Forget Me Not」サンプル


 ■チカナリで、戦国と現代のアニキが入れ替わっちゃった話です。戦国の二人に現代の二人が振り回されています。少しナリチカっぽいところがあります。

■■■


 毛利元就がその男を拾ったのは、気象庁がこの冬一番の寒さを更新したその日のことだった。今にも雪の降りてきそうな冷たさの中、コートの中の身体を縮めこませて帰宅の途についていた元就は、自身の部屋の前にある大きな黒い塊に僅かに眉を潜めた。
 自分の部屋の手前で立ち止まった元就は、暫し黙って白い息を吐き出した。黒い塊は人間のそれだった。困ったことに元就の部屋の扉を男の大きな体躯は完全に塞いでしまっていた。白髪に見える髪は銀髪というものだろうか。顔の半分は黒い眼帯に覆われているが、顔立ちは整ったもののように思えた。だが、元就が戸惑ったのは男のいでたちの方だった。この寒空の下、男はほとんど半裸に上着を引っ掛けるだけという格好をしていたからだ。また下に身につけている物もどこか時代がかったもののように見える。
 すぐ横に佇んで元就が観察している間も男はまったく意識を取り戻す様子がなかった。埒が明かない。
 おい、元就は観念して声をかける。
 邪魔だ。そなたの部屋は隣であろう。既に時間帯は深夜に近しい。声を張り上げることは憚られた元就の声は常のものと変わらず、男は目を覚ます気配もなかった。再び押し黙った元就は、不意に吹き込んできた風を身体を縮めこませてやり過ごした。ぶるりと身体が震える。いつまでもこうして、部屋の前にいるのに部屋に入れず立ち尽くしている訳にも行かなかった。
 改めて部屋の前で行き倒れている男を見下ろした。つくづく、その標準以上にある体躯が忌々しいと元就は思う。部屋の前から蹴飛ばして朝まで放置してやろうかと思わぬでもなかった。季節が夏であれば躊躇いもせずにそうできたものを。元就は内心で息をつく。
 明日の朝の冷え込みはまた記録を更新しそうであるらしい。
 この冬に正気とは思えない半裸の格好をした男を一晩外に放置した結果など目に見えていた。自分の部屋の前で凍死などということになれば、後々面倒なことになるに違いない。
 元就は観念して部屋の鍵を取り出した。おい、とそれでもまだ声を掛けたのは往生際の悪さのせいだ。


(中略)


 いまの中国の主を毛利元就と云う。
 安芸という小国から、一代で中国地方を掌握した男だ。兵を捨て駒にする冷徹さと自ら他国に攻め入らぬながらもかかる火の粉を振り払い、広大な中国地方を掌握した知略に隣国からは詭計智将と恐れられていた。その噂どおり、大国となった毛利に攻め入る他国のなくなったところで勢力の拡大を止め、天下を狙うでもなく中国地方に収まった。その毛利よりもひとあし早く四国を掌握した土佐の長曾我部元親と瀬戸海を挟んで睨みあっていた。かと思えば、昨今なにやら様子が異ならないわけでもない。


 ***


 折に触れて、厳島に参拝するのは元就の習慣のようなものでもあった。
 昨日の朝まで降り続いていた雨も、元就が厳島にやってくる頃にはすっかり上がり地面にぬかるみを残すばかりであった。今朝ともなればすっきりと晴れて、昨日までの曇天がうそのように青い空が続いている。
 元就は庭に面した障子戸を開け放し、参拝する際に逗留する毛利の屋敷の居室にて、いつものように日輪を拝み朝餉を済まして政務をとっていた。終われば神社に参拝する予定であったか、とそこまで考えて筆を止めた。
 そうもいかぬことを思い出したからだった。忘れていたわけではない。だが、そういかぬ理由に思い至れば、何度でも不愉快な思いに襲われずにはいられなかった。
 事の起こりは四国の主、長曾我部元親にある。
 その男がなにやらあほうになったのだという。



 長曾我部元親が、この厳島にやってきたのも昨日のことであったらしい。
 元就の参拝が公式なものではないように、あの男の来訪も四国の主としての公式のものではなかった。四国をまとめた長曾我部家の当主でありながら、お宝探しと称しては、あの男は船に乗り自由気ままに海を渡り歩いている。厳島は海運の要所でもあり、船乗り達に崇拝されている女神を奉じている場所でもあった。多くの船乗りを抱えるあの男が参拝に寄るのも格別おかしなことではない。
 だが、あの男、以前戦場で直接手を合わせてからこっち元就のところにも頻繁にやってくるようになった。くだんの男曰く、姫さんに挨拶するのぁ当然だが、あんたが此処にいると知っていて挨拶しねぇのも野暮な話だろう? やらなにやら手前勝手な理屈を捏ね回しては、毎度元就の前に現れる。そのような必要などない、と言っても、そなたの顔など飽いたわと言い放とうと、聞く耳を持たぬ。初めは、あんた、そりゃよくねぇよ、寂しいじゃねぇか、などと言ってやってきたのであったか。いつのまにか元就の屋敷の者たちにも通じる顔になっていた。だが何よりも忌々しいのは、幾たびも顔を見せるあの男と気がつけば肌まで重ねていたことだった。あの男も理解できぬが、どうしてそのようなことになったのか、元就自身が誰かに問い掛けたい気分である。
 ゆえに昨日も、顔を見せたあの男と言い争いはしたものの、毎度のそれを元就はいちいち気にもしていなかった。わけのわからぬことを言って、あの男が足音も高く出て行ったのが昼前の話である。毎度理不尽なことを言う長曾我部に腹立たしく思う気持ちはあれど、あの男が怒りに任せて厳島から出ていけば重畳、と腹に飲み込むのもいつものことだった。つまり腹に溜めているだけのことで、腹立たしい気持ちがなくなったわけではない。更に腹立たしいことに、あの男は日が暮れる頃合になると再び元就の前に現れるのだ。何の因果か、互いに腹立たしい気分のまま、身体を重ねる羽目になる。紆余曲折はあれど、毎度ほぼ違えることはなかった。その因果について、元就は深く考えたことはない。ただ、忌々しいことよ、とあの男について思う。そればかりだ。
 それが、夕刻よりも前、屋敷の傍にある崖の下に倒れているところを見つけられ、此処に運び込まれたのだという。常であれば毛利元就の屋敷でそのようなものを受け入れることはない。だが、それが長曾我部元親であると分かる者がいたのであろう。報告に元就は息をつく。
「死んだのか」
 いいえ、無傷でいらっしゃいます。応えが簡潔に返る。しかしながら、お目覚めになりませぬ。頭を打たれたかも知れぬとの話でございますれば。続けられた報告に元就は筆を一瞬止めた。だがそれも一瞬のことだ。すぐに、目を覚ましたら知らせよと下知して下がらせる。人の気配がなくなったのを察して、元就は再び筆を止めた。ここまでは届かないものの、あの男がそんなことになっているとあれば、屋敷仕えの者たちはてんやわんやの騒ぎであろう。事がわからぬうちは長曾我部の者たちに知らせるつもりもないが、なんにせよ面倒事ばかり起こしてくれるものよ、とあの男の迷惑さに溜息をついた。
 長曾我部元親が目覚めたとの報告を受けたのは、日も傾き始めた頃合だった。報告した後いつまでも下がろうとしない近習に元就は、何事か、と声を掛ける。長曾我部殿のご様子がなにやらおかしいのです。その曖昧な物言いには、眉を寄せる。だが、男は元就の様子には気がつかず、ただ戸惑っているように見えた。申せ、元就が促せば、男はようやく気がついたように居住まいを正し平伏した。畏れながら、長曾我部殿はここが厳島だとわかっておられぬようなのです。
 その言葉に、平伏する男を見遣り、元就は僅かに沈黙した。なんだと、静かな部屋の中にぽつりとその声が落ちたのはそれからしばらくしてのことだった。

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