2012/06/14 (Thu) 「ささめごと」サンプル

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■チカナリ。「そらごと」のこぼれ話です。転生を繰り返す瀬戸内の話。

■■■


 その合間にも助けを求めるようにそれは、元親、とその名を呼んでくる。弱々しく、その名を呟くのだった。
 その度に、元親はいらだった。
 てめえに呼ばせる名はねぇんだよと恫喝したところで、それはその言葉しかしらぬかのように、繰り返し元親を呼ぶのをやめようとはしない。元親はその度に騙されるな、と言い聞かせる。
 だが弱々しく呼ばれていたそれも、次第に音にならなくなり、そしてある日ぱたりとやんだ。
 ある朝、それは隣で動かなくなっていた。
 おい、と元親は呼びかける。だが、呼びかけてもそれは答えない。ただ、汚れて痩せた裸体がまるで置物のようにそこに横たわるばかりだった。
 これは、と元親は思い、その時に改めて動かなくなった男の姿を眺め見て、元親は息を飲み込んだ。元就じゃねえか、と元親は思った。思い出して、震える手で口許をおさえた。
 だまされた。国を壊滅させられた。気のいい野郎どもを殺された。元親は危うくこの男の手のままに、友を殺めるところだった。多くの人の手を借りて、元親はようやく自分が謀られていたことを知ることができたのだった。それを知った時、国を壊滅させられたこと以上に元親はこの男に騙されていたということに、かっとしたのだ。そんな時こそ冷静になれと散々諭されていた筈なのに、自分は冷静な振りをしていただけだった。あいつをぶっ倒して、もう二度とてめぇのことなんぞ思い出さねぇ忘れると言い放った。てめぇのしたことはなんにもなりゃしなかったんだと、俺の未来にあんた影なんぞ微塵もおとしゃしねぇと豪語した。結果がこれだ。
「もとなり…」
 痩せてしまった頬に手を添える。眉は寄せられて、その表情は悲痛なものに違いなかった。喉が震える。は、と元親は苦しげに息を吐いた。元就、と呼びかけても、子どもは応えない。触れた身体は冷たいままだった。あれから何度も出会っている。あんなのは遠い生の話に違いないのに。
「…おまえ、本当に何も覚えていなかったのか」
 元親は呆然と呟いた。覚えていねぇことなんて、あんたいままでなかったじゃねぇか。ぐっと喉が鳴る。指が震えた。信じられなかったのは元親の方だ。痺れるような痛みが指先から這いあがってくるようだった。胸が痛い。息が詰まる。もとなり、と元親は息を吐いた。ずっと縋ってくる声を無視して、こんなにも傷つけたまま、この子どもを殺してしまった。
 元親は物言わぬ身体に縋りつくように背を丸め、そのまま動くことができなかった。



***



 記憶をめぐらせれば懐かしい潮の香りと波の音がする。
 岩肌に鎖が巻きつけられて、そこには謀神がつながれているのだった。常に足の際に、波飛沫が跡を残しているような波際だった。潮が満ちれば小柄なこの男など胸まで浸かる。海が荒れれば、頭の上まで波を被るような、そんな岩山のような小島のことだ。
 航路からも漁場からも外れていてよう、孤独なあんたにはここは似合いの場所だろう? そう言いながら、元親は謀神をそこにつないだのだった。
 神話にこんなおひめさまがいたよなあ、両腕を上に掲げるようにさせて手枷をつなげる。細い腰や足に鎖がまとわりついている。そうして岩に縫いとめられた男の姿に、元親はくつりと笑った。海からあがってくる怪物を待っているんだっけか。
 頬を撫でてやれば、男はそれを嫌がるように身じろいだ。だが、鎖につながれた男にそれ以上のことはできないのだった。は、と元親は笑い染みた息を吐く。こうなっちゃあ、謀神もざまあねぇなあ。元親は笑う。いくらあんたが策に長けていたところで、と男に言い聞かせるように元親はゆっくりと話す、それを弄する相手もいなけりゃ形無しだろ。だが、男は、なにも言い返しはせず、ただ目を伏せるばかりだった。元親としてはおもしろくもない。こんな程度で根を上げられていては困るのだった。
 なあ、と元親は首筋を撫でる。男は今度は身じろぎもしなかった。ただ嫌がるのを堪えるように眉根を強く寄せてみせる。いつまで、堪えていられるもんかねえ、嫌がるその姿を見下ろして、腹の奥に熱がふつりと生じた。
 岩につながれたおひめさんは、そこで海から怪物がやって来るのを待ってるんだろう。抵抗もできずに、身体を食われ続ける。そんな話を元親にしたのは、目の前のこの男だった。元親はわざと教えられたのとは別の話をうそぶいた。案の定、呆れたように溜息を吐かれ、馬鹿を言うなと声が漏れる。
「なあ、待ってるんだろ」
 男は薄っすらとこちらを見上げた。気だるげな仕草は、疲労が溜まってのものだとわかっている。それでも元親は、その艶やかな気配にごくりと唾を飲み込んだ。
「なあ」
 元就、と名前を呼んでやると男の表情が僅かに揺らぐ。だがすぐに、それが虚構だとこの男は理解する。その落差が元親にはたまらなかった。

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