2012/04/26 (Thu) 「とおりゃんせ」サンプル

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■チカナリ。毛利青ベース。戦国の記憶のない鬼のあにきと転生毛利さんの話その2。教室で。

■■■


 見つけたのは偶然だった。ふらりと入り込んだ先にあれがいた。廊下の角でぶつかりかけた。そのこと自体が元親にとってはありえないことだった。元親は鬼だ。人の気配に気がつかない筈がない。あれはよほど自分たちのような者から気配を隠すようにできていたのだった。だが触れてしまえばそんなことも無意味だ。
 あいつを腕の中に抱き締めた途端に鳥肌が立った。その瞬間、人化が解けてしまうのではないかと思う程に、鬼の化生が刺激された。ごくりと唾を飲む。いい匂いに違いなかった。うまそうな匂いだ。今すぐにでも歯を突きたててその血肉を喰らいたい性が沸上がった。人の血も肉も元親は喰らったことなどない筈だ。少なくとも記憶にある限りはなかった。それなのに唐突に沸騰する衝動に元親は戸惑った。実際腕の中のそれが身動かなければ、元親は衝動のままその肉に喰らいついていたかもしれなかった。
 離せ、と腕の中のそれが言う。
 声すらたまんねぇなあと喉の奥がひりついた。
 低く抑え気味の声だった。男だろうと思う。意思の強そうな顔には笑いが漏れた。耳の下のやわらかな皮膚に鼻を寄せる。軽く歯を立てれば、香り立つような気配に臭覚が刺激された。これは本物だ。
 歓喜する。
 鬼のねぐらにこのまま連れ込んでやろうかと、耳朶に舌を這わせながら元親は考える。俗に言う神隠しだ。人の身であれば鬼の住処から逃げ出すのはまず不可能だ。あそこであれば誰にも邪魔されずにゆっくりとこれを食すことができそうだった。だが、すぐに、ああ、駄目だなとその案を却下する。あそこは外からの光が入り込まぬ場所だった。鬼の目であれば、視界に問題はなく今まで気にしたこともなかったが、これを喰らうのであれば白日の下がよかった。白い肢体が闇に沈みゆく様よりも、明かりに照らされるこれを喰らう方が、好ましく思えたせいだった。
「いけねぇなあ」
 は、と息を吐くように鬼は笑った。ぼっぼっと夜の闇に明かりが灯るのを元親は眇め見た。腕を振るうと、右手には碇を模した槍がある。元親の背丈を軽く超える得物だった。気付けば鬼であったように、これが一番使い勝手がいい。じゃらりと重い鎖の鳴る音に、酷く気分が高揚した。
 にやりと笑う。
「まかれたくなきゃ、逃げ出せよっと!」
 ここは元親の餌場だ。
 言葉とともに、片足を上げ踏み込んだ。闇の中、碇槍を振るう。風を切り、ぼっと火の立つ音がする。飛ばした炎が、薄くなった縄張りを強化する様を元親はどこか意地の悪い笑みを浮かべて見守った。時折ぼっと炎が燃え上がるのは、小さな影が炎にまかれているためだ。
 あれは日に日にうまそうな生き物になってゆく。
 元親のなわばりにひっかかるものが増えたのがその証拠だった。つぼみが花開くように、気配を隠せなくなっている。
「人の獲物をねらってくる奴がいねぇわけじゃあねぇからなあ」
 それ以前にあれは普通の人間ともどこか異なっているようだった。業が深い。元親がいくら吸い取ってもいっこうに減るような気配がなかった。あんたいくつ命を持ってんだ? 思わず聞いた元親に、それははあ? という顔をした。またなにか鬼が馬鹿なことを言っていると言いたげな顔だった。あれはそこらに容赦がない。その気の強さも気に入っていた。元親は思い出してくつりと笑う。だが、あれの自覚はともかくとして、命はそこらの化生など顔負けだ。気が付いたときには喉が鳴った。武者震いにも似たようなものが、頭から全身を突き抜けた。
「こんなもんかぁ?」
 見回して、問題のないことを確認すると元親は満足して屋根を降りた。あいつと同じ寝床に向かう。また目を覚ましてなけりゃあいいけどなあと元親は少し思った。共に寝るのが習慣になっている。だが、あれは気配に敏感で、それから結構眠りが浅い。眠っていると思っても、夜中に何度か目を覚ましていた。元親が屋根の上で鬼の本性を露わにすれば、影響を受けぬものでもないらしい。案の定、部屋に入って、ああ無駄だったかと嘆息した。
「―――おい」
 声を掛ける。寝台の上にぺたりと座り込んでいたそれがびくりと肩を揺らして、こちらを見た。その無防備な表情に元親は苦笑する。構わずに近付けばその動きを追うように視線が動く。これは寝惚けているのだった。鬼の気に影響されているのだと思う。こんな様を見せられれば、精を受けさせる気にも到底なれなかった。元親の重みで寝台がぎしりと軋んだ音を立てるが、これにはそれも聞こえていないようだった。
「どうした?」
「ちょう…」
 それは初めて見た時のように、目を見開いて元親を凝視している。
 意識のはっきりしているときには決して呼んではこない名だった。だがこれが自分のことを、そうと認識していることは痛いほどに伝わってきていた。元親自身でさえ己の名などそれまで知らなかったというのにだ。これに名を呼ばれて、元親は初めて自身に名のないことに気がついた。ずっと鬼と呼ばれていたので名など必要としなかったせいだ。だがどうも、最初から名がなかったわけではないらしい。長曾我部とこれに呼ばれて、まだこれにも呼ばれていなかった名が不意に身の内に生じたためだ。元親、とするりと出てきたそれが自身の名だと、疑いようもなく元親は自覚したのだ。
「あんたは怖がらねぇなあ」
 苦笑しながら、元親はその頬に手を添える。すっかり身体は冷えているようだった。元親の言葉に反応してか、それは首を小さく傾げて見上げてくる。まるで子どものような仕草だ。
「…貴様の何を、怖がれと」
 肌を撫でると、それはほのかに息を吐き出した。気持ちがよさそうだなと元親は思う。
「ツノとかよう」
「それが」
 これがあまりに自然にしていたので、元親は最初鬼のツノを隠し損ねていたことに暫くの間気が付かなかったほどだ。
「人じゃねぇだろう?」
「それが、なんだと」
 鬼であれば角があるのも道理。
 触れられて気持ちがよいのか、それは目を閉じる。無防備だった。会話は成立しているようで、これは明日の朝には話したことも覚えていないのだ、
「食われるかもしれねぇんだぜ。実際食ってるし」
「貴様は人は食わぬのだろう。人を慰めてばかりいて」
 すっかり冷えていた身体を温めるようにして抱き締める。そのまま元親が横になると、それはぴたりと口を噤んだ。そのまま眠れるようにと、布団を肩まで引き上げる。
 これはおかしな子どもに違いなかった。
 鬼である元親を恐れもしないのだ。最初こそ驚いてみせたものの、それも恐らくは旧知の者と顔立ちが同じであるというそれだけのことで、その後は文句を言いながらも元親の好きにさせている。誰も側に近づけさせやしないのに、鬼である元親だけは側にいることを許していた。単純に力の差に諦めているにすぎないとしても、これは元親のことを誰に話すでもなく、かといって悩む素振りも見せずに、害があるにもかかわらず放置しているのだった。単に度胸が据わっているのとも違っているように思えるのだが、元親にはわからなかった。なにより、こいつは元親に食われてもよいと何故か思っているようで、元親としては困惑するしかなかった。
 恐らく、この子どもは元親を知っているに違いないのだ。過去に何があったのかと、元親でさえ思う。だがこの子どもがただの人間であることも確かで、例えば元親の記憶にない時代のことを知っている筈がないのも確かだった。
 そんなことを考えていると、まっすぐに自分を見ているそれに気がついてどきりとした。
「…我を殺してみるか?」
 感情をどこにもうかがわせない声だった。どうしてお前はとその度に元親は思う。これは殺すなど軽々しく口にするのか。そしてそれが口先ばかりの話ではないとわかってしまうのか。これの周囲にしばらくいても、命のやりとりをしなければならない場面などにまったく遭遇することもなかった。死などまだ縁遠い言葉の筈なのに、どうしてこれはこんなに血腥い気配を纏っているのか。元親は顔を顰める。これは、死という言葉をいともたやすく口にする。
「なんでだよ。ころさねえよ」
「何故」
 寝惚けたこれはいつもよりもほんの少しばかり素直だった。だが、素直であればあるほど物騒なのはどうしたことか。元親は呆れたように嘆息する。
「殺す理由がねぇだろ」
「…貴様、我を食い殺したいのではなかったか」
「だーかーら! あんたは食いてぇけど、別に俺はあんたを殺したいわけじゃねぇんだってーの」
 勿体ねぇだろー。その血や肉を引き裂き食いたいような衝動に駆られるのは本当のことだ。だがそんなことをすれば人は死んでしまう。こいつを殺してしまうのは、元親の望むところではなかった。
 そもそも人を死なせてしまうのは、元親の好むところではないのだ。こうして手を出してはいるものの、元親に人はどうにも弱っちょろい。守ってやらねばならないものに見えて仕方がないのだった。それが鬼の本性と反していることには気が付いている。だが思ってしまうものは仕方がなかった。
 意気地なしめと呟かれたが、元親は無視した。いつものことだったからだ。抱き込んでいればやがて眠ってしまうことも経験上知っていた。精を搾り取られて疲れているのだから、当然だった。

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